株式会社 美交工業
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活動内容のご紹介

NPO法人「さなぎ達」

美交工業の西村です。こんにちは。
東京・横浜の野宿生活者の自立支援について視察報告も今回で最後になります。

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1983年横浜で少年たちがホームレスの人を襲撃。
それをきっかけに木曜パトロールのボランティアが始まり、1人のホームレス男性を中心にしてカレーの炊き出しから始まり[クレイジーサロン]が開始。2001年「さなぎ達」が設立。
今回はこの「さなぎ達」を視察した感想です。

 2月27日横浜中華街でにぎわうその反対側に3大寄せ場の1つ寿町があります。
「さなぎ達」は簡易宿泊所の1階にあり午前9時から午後5時まで365日開放しています。
禁煙、禁酒、後かたずけが守れれば誰でも利用でき、壁には写真やイラスト、思い思いの言葉が一面に飾られています。
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その日の利用者の方たちは私たちの訪問を快く受け入れてくださいました。
「さなぎ達」では「自立支援」という言葉は使わない「してあげる」という一方通行の関係は作らないためです。そして「自立自援」の環境作りをしています。活動資金は会費と寄付によります。生活物資の供給、情報の提供、発信。

穏やかな枠組みの中でいろいろな考えを持った人達が集まり大河の流れに変えようとしています。

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「さなぎ達」の活動のひとつに、横浜市が生活保護を受けていない人達に発行しているパン券を3食の食事と引き換えています。それは1枚のパン券(750円分)を何度かに分けて使えないことと、暖かい食事を提供したいからです。食堂では格安で食事ができ、また厨房ではボランティアの学生のほか当事者の方も働いています。行く末は誰もが気軽に入れる食堂にして、そこでの雇用も期待しています。

また緑化プロジェクトとして、屋上緑化にボランティアとして参加していてそちらでの雇用も期待が膨らみます。
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「さなぎの家・食堂」に案内していただく途中、皆さんが憩いの場とする所がありましたが、そこはもと派出所で暴動の折、焼かれてしまった後を借りているのだそうです。食堂は音楽がかかっていて明るく、壁にはホームレスの人達と同じ境遇の外国の子供たちからの幼い愛らしい絵が飾られていました。

「さなぎ達」は場所柄インターナショナルな活動もしています。支援団体の中には横浜インターナショナルスクールも含まれています。国内外のホームレスにかかわる活動をする人々をまねきシンポジウムも開催します。食堂は立って食べるようになっていますが、それだけ多くの人達が利用するのでしょう。
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「さなぎ達」を最後に東京を後にしましたが、いろいろな人達がいろいろな場で関わっています。人の為にそして自分の為に何が原動力になっているのだろうか?

人それぞれ違う立場で出来ることをしています。どんな人もみな孤独です。でも1人では生きていけません。誰もみなそうです。

2人の子供の親として思うことがあります。子供のころの教育や環境がその人なりを作っていて。子供の両親はもとより周りを取り囲む大人たちは協力していかなければならないのに、その大人たちが今病んでいます。暗闇の中に明かりはきっとあります。そう信じています。

投稿者 bikoh : 07/21 | トラックバック

NPO自立支援センター ふるさとの会

美交工業の西村です。こんにちは。

今回は、先日東京・横浜の野宿生活者の自立支援について視察したレポート第3弾 NPO自立支援センター ふるさとの会 のご紹介です。

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「ふるさとの会」について・・・
1990年高齢路上生活者対象のボランティア活動から始まり。
1995年「高齢路上生活者自立支援センター」設立。
1999年10月NPO認証
「ふるさと朝日館」、「就労支援ホーム」、「ヘルパーステーションふるさと」、等々設立。
路上生活者等の宿泊施設の入所を促し、資格取得等自立支援し
地域の経済波及効果も狙っています。

■事業内容
宿泊所事業 ― 路上生活者、1人暮らしで介護が必要や方等の宿泊施設の運営。
就労支援事業 ― 生活相談業務、ホームヘルパー等の資格取得の支援。
ひまわり事業 ― ヘルパー派遣。営繕・清掃などの仕事づくり。
地域生活支援センター事業 ― 敬老室管理委託事業

■感想
2月26日「ふるさとの会」には夕刻、訪れるには遅い時間に到着。
1階にヘルパーステーション「ふるさと」があり、その上が事務局になります。
扉を開けると「ナイスリフォーム」を思わせる作り付けの書棚と長いテーブルがあり、そのテーブルで理事の成清氏にお話を伺いました。

ふるさとの会」は大きな組織で、課せられる問題も多いようです。
生活困難者の中には、三宅島の方々も含まれています。何年か振りに帰島されても家も車もすぐ使えるものではなく、車や生活の糧である船は使い物にはなりません。仕事もなく島へ帰るのも年配の方々で、援助なくしては島での生活は送れないようです。

「ふるさと」は地元での経済波及効果も考えています。
路上生活者などがアパートや宿泊所に入り、その地域で医療や生活のための支出があり、新規雇用が生み出されます。
しかし、宿泊所に入ったまま出ることが出来ずにいる人達がいて、宿泊所も財政もパンク状態になっています。

美交のような受け皿になる企業は東京にはなく、大変うらやましがられました。
自立支援センターは今頭打ちの状態にあり、アパートに入ったものの就労先がない状態で、成清氏は自分たちで仕事の請け負い事業の立ち上げをしたい事も話されていました。
思わず、東京から大阪に送り込もうかという話も出ました。

若年層やサラリーマンからホームレスになった人たち、いろんなケースがありひとくくりには出来ない、個々の対応を検討していく必要があり、今、美交で働いている自分を含めた人達のことを思いました。

投稿者 bikoh : 07/05 | トラックバック